小田和正コンサート

小田和正のコンサートに行ってきました。
場所は京セラドームで、昨年に引き続き2回目となります。
待合室にある「関西ウォーカー」をペラペラめくっていると、「小田和正5大ドーム公演」のチケット販売の記事が目に飛び込んできました。
昨年のツアーは知人が所用で行くことができなくなったものを譲り受けたものでした。
場所も同じ京セラドームでしたが、天井から巨大なスピーカーがいくつもぶらさがっている光景に昔と違うなぁと。
また声が腹の底に沁みわたるというか表現が難しいのですが、素晴らしいコンサートだったことを記憶しています。
さて、このチケットですが無事にローソンチケットで購入したのですが、何と京セラドームの中で一番見にくい(大袈裟ではなく本当に一番見にくい!)指定の座席でした。
舞台が壁でまったく見えず、私にはこの座席は発売したらアカンやろと思うくらいの場所で、多分この京セラドームが4万人で埋め尽くされていたとするとドームの4万番目に見にくい座席でした(笑)
それも、この大阪ツアーは二日間あったのですが、希望した土曜日が満席のため仕方なく日曜日分のチケットにしたものです。
ということは、驚く事に8万番目に売れたのではないかというチケットをゲットしたことになります。
これをツキがないと思うか、後一人で買えなかったととるか・・
(微妙です)
さて、今回のツアーは「5大ドームツアー」ということで、9月3日の札幌からスタートし、福岡、名古屋、大阪、東京の5大ドームで行うとのことでした。
何と言っても小田和正は64歳です。
(この年齢でここまで人を集められるアーティストが日本にいないと思います)
私のように52歳となり、最近体ダルイとかそろそろ弱気の虫が出てきた人間にはウッテツケのコンサートです。
ピアノソロの「東京の空」は小田和正ワールドというか、よくあんな声を出せるなぁと感心しきりでした。
あれは名曲です。
アンコールまで含めて30曲以上、3時間15分のコンサートに大満足の気分で帰途に就きました。
会場からの帰り道に、大型車の駐車場に小田和正のツアーの器材を積み込んでいるのでしょうか、トラックの前が人だかりでした。
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このトラック、すごいオシャレなペイントでたくさんの人が記念写真を撮っています。
「これはいい!」と、さてカメラを取り出し撮影しようとすると、何とオバちゃん軍団が一人ずつトラックをバックに記念撮影を始めました。
それも、交替でポーズを変えて写真を撮るため、我々出遅れ組はずっと空くのを待つことになりました。
元々暗闇の駐車場だったので、それまでトラックの前はフラッシュがバチバチ焚かれていたので明るく感じていたのですが、オバちゃん軍団の行動にしばらくそこは暗闇と静寂に包まれました。
その中で、延々と交代で満面の笑顔でトラックを背に悠々と記念撮影されていました。
空気というものが読めないのか、読もうとしないのか、あえて読まないのか・・
あの度胸を持ち合わせていれば今と違った人生になっていたかもしれません(苦笑)

院長ブログ 2011.09.25
歴史はロマン

私の住む地域は今から30年前くらいから住宅地として開発されてベッドタウンとなったところです。
この我が家から300mほど離れたところに「大枝山古墳群」があります。
この場所は古墳公園という名前では親しまれていましたが、古墳自体はまったく目立たないところに存在し、普段は入口に鍵がかけられ見ることはできません。
今年に入り古墳群の説明板が造られたことから、その除幕式が行われることになり一般開放に至りました。
実はこの古墳が存在する前の狭い道路は、私が飼っている愛犬(老犬?)マックとの散歩道でもあり、私のジョギングコースでもあります。
このジョギングコースも訳ありで、はりきって家を出たものの今日はしんどいからという弱気になったときに、近道して帰るときに利用しており、少し後ろめたい気分で走るコースでもあります(笑)
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さて、古墳群ということで古墳がたくさんあるのですが、写真の右下が赤いところが入口となります。
全てが完全な形で残っているのではありません。
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写真はその中でも保存状態が良く、ほぼそのままの原型を残している14号古墳の全景と入口になります。
私自身もこの古墳の中に入るのは初めてです。
説明によりますと、京都には古墳がいくつかありますが、大枝山古墳群と同時期のもの
が嵯峨野にもあるそうで、嵯峨野の古墳は昔からこの地域に絶大な影響力を持った渡来系の秦氏一族のものということです。
大枝山古墳群はその一族か、あるいは同世代の別のグループであったらしいと推測されているそうです。
当時の都はまだ京都ではなく奈良だったため、奈良を見渡せる高台に大枝山古墳群が作られたのではないかとの説明がありました。
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中は狭いものの、ひんやりした空気と土の匂いがします。
壁はガッシリ岩で固定されています。
ここで大昔の人が生活をされていたのか、またお墓として活用されたのかは不明ですが不思議な気持ちになります。
多くの考古学マニアの方がいますが、私もその末端の一人です。
私自身、久しぶりにこの独特の匂いと湿気に血が騒ぎました。
今でも外国の遺跡が好きで「旅物語」などの格安旅行パンフが送られてくると、お風呂の湯につかりながらじっくり読みます。
そして、掲載されている遺跡の写真を頭に記憶させスケジュールも確認し、いざ関西国際空港(伊丹や神戸では気合いが入りません)から出発のイメージトレーニングを行いながら、非現実的な空想の旅行気分に浸っています。
(アホか・・)
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古墳からの出土品の数々です。
ここを発見した人はどんな思いで出土品を掘り出されていたのでしょうか。
1922年、イギリスの考古学者ハワード・カーターとカーナボン卿はツタンカーメンの墓を発見した際、宝物がいっぱいの室を覗きながら「素晴らしいものが見えます」との言葉を残したそうです。
(この臨場感あふれる白黒写真は実在します)
やはり歴史はロマンです。
昔ほどの行動力と体力はなくなりましたが、ペルーのマチュピチュ遺跡だけは生きてるうちに(タイムリミットは後どれくらいでしょうか?)行きたいのですが・・

院長ブログ 2011.09.20