「アスぺルガー症候群だっていいじゃない」

「アスぺルガー症候群だっていいじゃない」(私の凸凹生活研究レポート)という本を読みました。
当院にも来院されることもあるので、少しでも理解できればと思ったのですが大いに収穫がありました。
当事者から学ぶことは、これがもっとも近道かもしれません。
まず、興味が湧くので、このことが本を最後まで読み終えるには重要です。
私は本を買っても最後まで読み終えずに逃げてしまうことがあるので・・(笑)
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4コマ漫画が入るのですが「あすぺさん」というシステムエンジニアの主人公が作者です。アスペルガ―症候群の人を「空気の読めないヤツ」といった差別的な意味合いで「アスぺ」と心無い人は隠語として使われるかもしれないので、「あすぺさん」が「アスぺ」に対する差別的イメージを払拭して新たな肯定的なイメージを作りたいという、作者の社会へのチャレンジの象徴とのことです。
この本には当事者のあすぺさんの「生きづらさ」が随所に出てきます。
エピソードも障害を理解するにはわかりやすい内容でした。
また、障害を持たない人には障害者の「世界そのもの」を理解することはできないとも考えも持たれています。
そして、最後にこう書かれていました。
私が、この本やブログを通じて一番伝えたいことは、
「アスペルガ―症候群(発達障害)=OOな人」という等式は存在しない。
私があえて表現するとすれば、「型にはまらない例外の人の集まり」である。
支援する方々には、「こうすればまちがいない!」というマニュアルはなく、目の前にいる当事者の能力の凸凹にフィットする方法を「当事者と一緒に考える」ことだけなのです。とのこと。
そして今は細いけもの道ですが、たくさんの当事者がその道を歩むことで、太い道となり、後の時代を歩む世代のアスペルガ―症候群の人が、少しでも生きやすい社会になることを願っていますとのことでした。
もう一冊「ぼくはアスぺルガー症候群」(作者:権田真吾)という本も読み終えればまた感想とともに紹介したいと思っています。
この本は表紙もマンガっぽいイメージで作られ、最後の最後の行には「ぼくは生まれてから四十二年間、楽しいことも苦しいこともアスぺルガー症候群とともに歩んできた。これからの人生も変わらず、明るく楽しく歩いていきたい」と締めくくられています。

院長ブログ 2011.05.28
お知らせです!

おはようございます(^-^)
二回目となりますが、
昨日、25日から当院では約1ヶ月間ですが、京都歯科医療技術専門学校からの実習生の受け入れを行っております。
実習生も真剣に実習に取り組んくれております。
患者さまの治療の様子を見学させていただいたり、協力していただく事もあると思いますが、よろしくお願いいたします(‘◇’)

院長ブログ 2011.05.26
シネマ雑感:「ガメラ対ギャオス」と戸田奈津子

映画鑑賞には欠かせないものに「字幕」がある。
洋画の話題作で今まで数えきれないくらい見た最後にでてくる「字幕:戸田奈津子」、映画ファンなら戸田奈津子さんの名前を知らない者はいないはずである。
「午前十時の映画祭:何度みてもすごい50本」シリーズ2のプログラムに、その字幕翻訳者の第一人者である戸田奈津子さんの面白いコメントがあったので紹介します。
プロフィールのところにさりげなく顔写真が出ていたのですが、当り前ですが普通の方でした(笑)
何故今まで紙面に登場する機会がなかったのかと考えてみると、やはり映画字幕翻訳者という職種が裏方の存在のためだと思われます。
その戸田奈津子さんですが、やはりというか、中学、高校とかなりの映画少女だったとのことです。
ただし、母一人、子一人の裕福な家庭ではなかったということで、ロードショーには行けず50円の名画座や3本立ての100円映画館に入りびたっていたそうです。
この本の「本物を観れば、その違いに気づく」というコラムの中にある次のフレーズがとても気に入りました。
「昔は、映画鑑賞にセカンドチャンスがなかった時代で、今の若い人たちのようにビデオやDVDでいつでも観られるわけではなかった。どんな映画を観る時でも『これが一生で、最初で最後だ』という気持ちで食い入るように観ることになる。楽にセカンドチャンスが訪れるようになって、我ながら切ないまでの観方は過去のものとなりました」(本文抜粋)
まったくそのとおりだと思います。
私の中学生の頃は、週のうち4、5日はどのチャンネルでも9時頃から映画をやっていましたが、新作の映画がテレビに登場するのは何年もたってからのことでした。
その一回を見逃すと永遠に観るチャンスはありません。
今のように週刊テレビチャンネルもないので、いい映画がやっていても気づかない場合もあり、見逃した時は悔しくて悔しくて仕方がなかったものです。
1967年(今から45年前)の出来事です。
大宮東映(四条大宮の駅前にありましたが、今はつぶれてありません)だったと思うのですが、映画館入口に「ガメラ対ギャオス」のリアルな対決シーンの看板が掲げてあったのを記憶しています。
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当時、ガメラという怪獣はたいへん人気がありました。
「子どもの味方」というキャッチフレーズを持ち、子どものヒーロー怪獣というのは滅多にない存在でした。また、それに対抗する「ギャオス」という怪獣ももまれにみる秀作でした。
ガメラシリーズは全部で8作ありましたが、この「ガメラ対ギャオス」という作品はずば抜けて人気が高かった映画です。
何とこのずば抜けて人気のある映画を「夏休みの子どもマンガ祭り」のような番組で、朝9時くらいからいきなり放映していたのである。
この映画を見逃した時の私の心情は、子供心に悔しさ一杯というか・・
何故憶えているかというと、夏休みに田舎に泊まっていた時の出来事であり、最後の何分かをその家にあったカラーテレビ(うちにはなかった)で悔しい気持ちで観ていたのでしょう。
この場面ですが、主人公を背中に乗せて飛行し、エンディングに定番の名曲「ガメラの歌」が流れるのですが、このラストシーンが最高の見せ場となります。
結局、何が言いたいかというと、当時週刊テレビガイドも関西ウォーカーもない時代に、朝からこんな絶対に観たい映画があることを事前に知ることは不可能であり、あの日同じ気持ちになった子どもがきっといたはずということである。

院長ブログ 2011.05.12