「永遠の0(ゼロ)」

新聞広告に「50代(40代かも?)に読ませたい本屋さん大賞」(多分間違っていると思いますが・・)と掲載されていたのが、この本を読むことになるきっかけでした。
「何とかの0(ゼロ)」だったかな?程度のウル憶えでしたが、いつも立ち寄る本屋の売れ筋書籍コーナーにもありません。
その何とかが「永遠の・・」であると後で知り、無事に見つけ出すことになります。
これが途中でやめてしまいそうな私にとっては分厚い本でした(笑)
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買うのをやめておこうと思いながら本をパラパラめくってみると、「真珠湾」、「ラバウル」、「カミカゼアタック」という文字が目に入り、この「ゼロ」という意味がゼロ戦であることがわかりました。
私は小学生時代から戦記物が好きで、特にゼロ戦に対して憧れを持っていました。
(当時のマンガもだいたいが英雄視した見方だったことも影響してると思います)
「大和」「武蔵」の戦艦はもちろん、いつどこの戦いにどの空母が参戦したか、また特攻隊の体当たりで沈んだアメリカの空母までもよく憶えているぐらいでした。
映画「トラ、トラ、トラ」は日本の真珠湾攻撃大勝利の話ですが、アメリカ側からみた別の話にもなるほどと考えさせられました。
この「永遠の0(ゼロ)」を読み終えた時、神風特攻隊の歴史に対しての間違った認識を持ったまま年齢を重ねていることがわかりました。
この本に書かれている内容こそが事実だと確信できます。
そう思うと、隊員となった方々の無念さがひしひしと伝わってきます。
当時、隊員が送る手紙類には上官の検閲があり軍部に批判的な内容を書くことなど不可能なことで、例え自分の本音を伝えたくても残された家族には家族の複雑な事情があります。
これを理解していれば、知覧に飾ってある一人ひとりの家族に当てた手紙も別の見方ができたかもしれません。
この本の中で、元特攻隊員がジャーナリストである新聞記者とホテルのロビーで口論になる場面があります。
その特攻隊員が新聞記者に大声で怒鳴り叱責する言葉こそが、我々読者に一番言いたかったことではないかと察します。
戦争の悲惨さとはこういうことかとも理解できる貴重な一冊でした。
(息子にも是非読んでもらいたいので送ることにしました)

院長ブログ 2011.01.26
第87回箱根駅伝観戦記

東京箱根間往復大学駅伝競走は沿道での観客の多さは世界一だそうです。
(そのためゼッケンにつけられた「★SAPPORO」のロゴはスゴイ宣伝効果!)
この箱根駅伝の最終区大手町ゴールで、母親、家内、娘が応援している光景はとても一年前では予想もできなかったことです。
母親などは前の人の背中が邪魔になって選手などとても見えないはずですが、必死で息子の在籍する大学の校旗を振って応援しています。
何カ月か前に体調を悪くしてもう車の運転もやめなアカンわなどと弱気発言をしていましたが、今回の箱根駅伝応援ツアーでの食欲はとても後期高齢者とは信じられず、道中でも温泉卵やソフトクリームも買い食いをし、また箱根の山の沿道もしっかり歩き、ぎっしり超満員の登山電車(私でもキツかった)にも耐えられるほど体力も回復した様子です。
今回の旅行に帳尻を合わせて完全復活しました。
また、各所で天然ぶりも発揮し記念撮影をする際に『ハイッ、チイズッ!、チイズッ!』と何か発音がおかしかったこと、また2度も言ったことに疑問を持ち、私達が『ちなみにチーズの意味わかってんの?』と訊ねると、「知らんけど写真撮る時の合図やん、みんな言うたはる!」との返答に娘も笑い転げていました。
この年まで「ハイ、チーズ」の意味も知らずに生きてきたのかと思うと・・(笑)
そして、その息子かと思うと・・(苦笑)
そんな話はどうでもいいのだが、さて箱根駅伝である。
前日(元旦)から京都を出発、二日間で往路の3区・5区、復路の6区・10区の応援に行くことにしました。
初めてということで右も左もわからず、とりあえず箱根駅伝ガイドブックを頼りに重い荷物を抱えながら第3区の「藤沢橋交差点」に到着、確かにコースに間違いないものの人影はパラパラの状態です。
近くの方にここはコースですかと確認するも確かにコースとのことでした。
(ガイドブックを見ると後15分で通過予定と記載されているが・・)
最初、ここはあまり人が集まらない地区なのかもと思ったのですが、選手が走る5分ぐらい前に街宣車が通過してからが凄かった。
まるでそのスピーカーからの声がゴーサインだったかのように、あっという間に人で沿道が一杯になりました。
多分この沿道に住んでいる方々は直前までテレビ観戦していたと思われます。
この人達にとって毎年のお正月の行事であり、必ず沿道に出てこられるのでしょう。
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私も20年近く西京極競技場近くに住んでいたので、高校駅伝、都道府県女子駅伝は必ず沿道に出ていたのと同じだと思います。
さて、二日目は6区を走る明治大のH君をH君のご家族と一緒に観戦し、「ガンバレ!Hッ!」と叫ぶとちらっとこっちを見たような・・(大満足)
そして急いでその場を後にし、10区のゴール前に電車を乗り継ぎ到着。
早稲田、東洋の優勝争いも良かったのですが、10区で繰り広げられたシード争いは見応えのあるものでした。
たいてい10区というのは勝負がついてしまっている区間で、過去の記録からもこれほどの激闘はないそうで、4大学が3つのシード権を争う大激戦となりました。
史上最少僅差の3秒に泣く結果となった大学の選手は4回生でもあり、次回のリベンジのチャンスはないとのことですが、確かにつらいとは思いながらもやはり箱根を走れた選手は幸せだと思います。
ちなみに我が息子は5区の選手の給水係とのこと、まずはチームとして箱根駅伝に参加していることに安心し帰途に就きました。
このツアーには身も心もそして予算もかなりの準備が必要となりますが、できれば来年も見に行きたいものです。

院長ブログ 2011.01.03